予想通り雪。朝食を済ませ投票へ。戻り、雪見障子越しに庭を眺めながら「二人静」をお供にお薄を一服、二服。その間にもみるみる雪が積もって行く。外出もままならい人も多いのではないか。自分の欲望を成就させる為なら手段を選ばない。言語道断である。これだけでも私たちを代表する資格はないのでは。人が寄り集まって暮らすのは助け合って生きて行くためだ。その共同体の先に国家がある。つまり国家は人が助け合って生きて行くために存在するのだと、私は理解している。そしてその国家のあり方を最終的に決定する権利は私たち国民にある。キケロも『国家論』(De re publica)の中で、「国家(res publica)は国民のもの(res populi)である」と定義しているように!! 暴走は、決して許すまじ。
