“「ワタシのまわりゼロなんだけど」「オレのまわりもゼロだよ」”
お稽古で街へ出たので、雷雨が来るのも厭わず買い物をして帰ることに。馴染みの酒屋さん。スタッフとあれこれよもやま話。「寝不足を自慢されてもねぇ💢」「ほんとほんと!!」おかしいなぁ、私の周りは“ゼロ”なんだけど。このゼロ、インドで発明された、とは良く聞くが、もうちょっと詳しくゼロを知ろうと検索したところ、興味深いレポートを見つけました。ニッセイ基礎研究所のサイト、2016年02月16日の日付、書き手は中村亮一さんという研究員。それによるとインドは「数としてのゼロを発見した国」だそうだ。「記号としてのゼロ」が最初に使用されたのは、紀元前数世紀のバビロニアで、プトレマイオス朝(紀元前306年~紀元前30年)のエジプトでも使用されていた、とのこと。ただの記号としてもゼロはすごい。それが数としての概念を持ったのだからさらにすごい。
ゼロか零(れい)か
“天気予報における降水確率の「0%」は必ず「れいパーセント」と読まれ、「ゼロパーセント」とは読まれない。これは、降水確率そのものが、「算出の際、1%の位は四捨五入されるため、降水確率0%といっても、実際には0%から5%未満の値である」ことによる”(“”内、先述のリンク先レポートより抜粋)とのこと。日本語では「0」の呼び方に「ゼロ」と「零(れい)」があり区別は必ずしも明確ではないが、ゼロは全くなし、零(れい)はわずかに、規模が小さいなどの意味もある、とされているそうだ。なので、天気予報の0%は「れいパーセント」。なるほどなるほど。ただし、本日のお題は「ゼロパーセント」でございます!!
帰宅して熊本で最大震度7の地震があったことを知る。熊本市内の知人にメール。無事がわかり安堵。先の大地震から10年。「天災は…」まさにいつなんどきどこででも、と気持ちを引き締める。被災地の皆様のご無事を祈るばかり。防衛より防災だっ。

