大相撲と温泉(2025.11.12 Wed.)

表千家同門会の全国大会「関門海峡大会」の後は、博多に移動して大相撲の二日目を観戦し、翌日大分に移動して温泉を楽しみ帰洛。お茶から始まりお湯で終わり、まさに「茶の湯」でございました(笑)大分では紅葉も楽しむことができ、何とも贅沢な旅。投宿先は数年前、まだ感染症騒ぎの中で訪れたお宿。時節柄、部屋でお弁当というプラン。お湯もとても良く、最寄駅から離れていることもあり、聞こえるのは鳥の声だけという環境もすっかり気に入り、落ち着いたらぜひ再訪したいと願っていた。前回は3月。お庭の風情もまた違った顔。でもお湯の良さと静かな佇まいは変わらない。再訪して良かった。満ち足りた気持ちで帰路につく。

小倉エピローグ(2025.11.10 Mon.)

大会を終えやぎと合流した昨夕は、小倉の街で焼き鳥屋(居酒屋)さんへ。日曜日にお休みのお店も多く、唸りながら捻り出したのが今宵のお店。普段はあまり縁のない場所へも挑戦できるのが旅の醍醐味のひとつ。大相撲初日をホテルでテレビ観戦してから伺うつもりで予約。しかしなんと地震のニュースが入ってきて中断。なかなか画面が切り替わらない。されどどうやらさほどの規模ではないようで安堵し、お店に時間を早めてもらい、街へ繰り出すことに。すでに先客で大賑わい。活気がある。我々も負けじと食べて飲む(笑)しかし両隣の方々のようには行かない。私たちと同世代。あるいは少し上!? のお二人連れ。皆さん、よく食べよく飲む。そしてテンポよくお帰りに。小倉万歳! 私たちもさくっとお店を後にする。お会計の安さに嬉しい驚き。小倉、万々歳!! 何だか外国へ来たような開放感。調子にのって、ハシゴ酒(笑)すっかり小倉のファンになる。

そして博多へ移動する本日。早めにホテルを出て、再びの門司港へ。夜とはまた違った風情。無料で楽しめる場所が多いのも好印象。今日は英語を話す旅行客とよくすれ違う。リタイアして旅を楽しんでいると思われる年代の方々。港にはクルーズ船。ボディには「Coral Expeditions Australia’s Pioneering Cruise Line」とある。あらまぁ、オーストラリアから!? リタイアしてのんびりと世界中を旅する。最近の日本では夢物語になりつつあり(いやなっているのか)船を見ながら少し複雑な気持ちになる。

小倉へ戻り、「立喰寿し 平四郎」でお昼を食べ(すっかりお気に入り・笑)博多へ移動。特急の「ソニック・にちりん」とあまり価格差がなく、時間はめっちゃ早いので新幹線を選択。来るとき小倉駅で新幹線に乗車する人が多かったのはこういう訳だったのね。午後に予定(大一番)が入っていなければ鹿児島本線にのんびり揺られて、でも良かったのだけれど。鉄子ではありませんが、結構好きです(笑)

初めての小倉(2025.11.07 Fri.)

表千家同門会全国大会「関門海峡大会」へ参加するべく、小倉入り。集合時間が早いので当日入りは無理となり前日入りに。大分からの帰り道、小倉から新幹線に乗ったことはあるけれど、街に滞在するのは初めてのこと。木綿の普段着物を着用して、小ぶりのスーツケースには柔らか物一式。洋服+着物は荷物が多くなるし、忘れ物の危険も。着物を着て出かければ忘れても着付けのときに必要な腰紐のみ。危険性がぐっと低くなる(笑)個人手配で駅からすぐのホテルを予約。チェックインして初めての小倉の街を彷徨う。角うちを経験したいとも思ったけれど、思案の上、新幹線の駅構内にある「立喰寿し 平四郎」さんへ。よく立ってお酒は飲みますが、お鮨は初めて。注文の仕方が分からずちょっとどぎまみ。最初に紙に記入して、追加は口頭で良いとのこと。お酒とビールはマシンでセルフ。ふむふむ。ネタが良く、なかなか美味しくてその上リーズナブル。好みのお酒もあったし、満足してニヤニヤしながら駅の階段を降りる。すると後ろから声を掛けられた。振り向いたら同じお稽古場の方。門司港へ足を伸ばしたとおっしゃる。そうか、門司港!! まだ早いし私も行ってみることに。

終着駅特有の雰囲気があり、レトロな駅舎もすてき。古い建物も多く、いい感じ。でも駅前に廃墟のようなビルがあるのはいただけない(後でわかったことですが、名のある方の名のある建物だった。オーノー)ライトアップされた夜の門司港を楽しんで小倉に戻り、明日に備えて大人しく就寝。

大洲城下町(2025.09.29 Mon.)

昨夕白隠フォーラム終了後、バスにて大洲市まで移動。タイミングよく「宇和島-道後・松山(急行・特急)」という宇和島バスがあり、会場近くの西予市役所前から乗車し大洲市内の「大洲本町」というバス停で降車。そこから宿泊先のフロント棟まで歩き、無事にチェックイン。参加したツアーに大洲が組み込まれていたので、勝手知ったる、で憂いなし。城下町全体に宿泊棟が点在している。このホテルのことはずいぶん前になるが、雑誌で知った。大洲ではないけれど、同じような城下町、丹波篠山のホテルで知ったのである。“空き家になってしまった建物を改修し、複数の客室が町中に散らばる分散型のホテル”というコンセプト。丹波篠山はその構想を初めて形にした場所らしい。いつか行ってみたいと思いながら時はながれ、場所を変えて大洲で実現した。今回私たちが宿泊したのは“大洲の文化を支えた(木蝋の)職人たちが過ごした長屋”の一室。お任せのコンフォートツインプランから割り当てられた部屋(どのお部屋とカテゴリー内の中からリクエストもできる)。フロント棟から至近で、とても便利なロケーション。二階建ての長屋の広さも十分。元の雰囲気を壊さず、バスルームなどは広々と取ってあり、快適でした。フロント棟が経営者の住居で、裏に作業場があり、その作業場の近くに職人たちの住まい(長屋)があった。部屋の区割りは当時のままだと思われるので、職人さんの住居スペース、なかなか広い。木蝋産業で江戸後期から明治期は大いに栄えていたそうだから、職人さんの待遇も良かったものと窺える。

昨夜はホテルのレストランで食事。こちらも趣のある建物。今朝の朝食場所もまた違った棟で。食事を終えてまず臥龍山荘へ。庭の奥にある「不老庵」は茅葺き屋根の修繕工事中で拝見できず残念でしたが、それ以外の場所をゆっくりと見てまわる。事前勉強もせずにうかがったので「霞月の間」*ではなんでこんなところにお軸を掛けているのだろう、と不思議に思った。こちらの心持ちを見透かしたかのようなタイミングでスタッフの男性が声をかけてくれ、説明してくださった。なるほど、そういうことか! ちょっとやりすぎでは、と思わなくもないところもありましたが(笑)構想10年、工期4年、木蝋貿易で財を成した河内寅次郎がその情熱を傾けた数寄屋建築を堪能。スタッフのお話だと、60年前にお茶会でこちらに来たことがある、という女性が先日お出ましになった、とのこと。いつ頃までお茶室として使われていたのでしょうか。茶湯をかじるものとして大いに気になるところであります。

*メモ:天井の和紙は元々美濃和紙が貼られていたのを地元の大洲和紙に変えている

午後からは、大洲城へ。途中で目に留まったお店「まちなか珈琲焙煎所」**さんでコーヒーブレイク。こちらのご店主から「奇跡的に木造で」(平成16年に竣工、復元された大洲城)の「奇跡的」の意味を教えてもらった。なるほど、そういうことか! とまた膝を打つ。先日ツアーで大津を訪れたときは、再建されたお城だからと遠くから眺めて満足しておりましたが、登城してよかった。復元、ものすごい気合の入り方です。寄付者の一覧、個人のお名前で一億三千六百万円の方が。ひゃ〜、すごいすごい。今日は季節外れの蒸し暑さ。そんな中、お城の天守と櫓に登れば涼しい風が吹いて、眺めも良く気持ちいい。宿泊はしませんが(笑)十分に堪能して、下城。

大州の城下町をほぼくまなく楽しんで、帰路につく。予約している岡山からの新幹線に間に合うよう逆算した列車に乗る。伊予大洲駅で下り列車の一部にキャンセルが出ているこを知った(踏切内で事故があったとか)。我々が乗る上りではなくてよかったと安堵。予讃線を松山で乗り換えて岡山へ向かう。後は岡山から新幹線で京都にとのんびりした心持ちで座っていると「この列車は行き先変更になりました。途中の新居浜まで」と車内アナウンス。えっ! なんですって!! ここはイタリアか(苦笑)確かに先のアナウンスで踏切内の事故により行き先が変更になるかも、と言っていたような。しかし同日に上下線で同じようなことが起こるとは夢にも思わず。だって、ここはニッポン!! どうすればいいのか、という説明もなくしれっと行き先変更だけを告げるアナウンス。通りかかった車掌に「岡山まで行って新幹線に乗らなくてはならない」と話しかけたら「この列車は岡山へは行きません」だって。そんなことは分かってるわよ。分かってるから善後策をお尋ねしようと呼び止めたんじゃない。「申し訳ない」の一言もなく、と私はすっかりお冠。手前の伊予西条で下りが折り返し運転をする、という説明はあったので、伊予西条で降りて窓口に並び1時間遅れの特急の席へ振り替えてもらう。前のおばさまはなんと小田原まで。今日中に移動できるかどうか非常に気を揉んでいらっしゃった。小田原は遠い。そして同じように車内アナウンスに腹を立てていた。二人で「ですよねぇ」と言い合って、溜飲が下がる。この方、駅員さんと少しやりとりをした後、決め兼ねていたご様子でしたが、窓口長蛇の列を見て、少し考えてみますと最後尾に移動された。こういう気遣いがJR四国の方々にも欲しいのよっと声に出さず叫ぶ。無事小田原に本日中に移動できますように。

最後に少しトラブルがあったけれど、伊予の旅自体はまことに楽しいもので、実りも多く充実した3泊4日でありました。

**こちらでコーヒーと共にいただいた「山栄堂さんのシューサブレ」クリームの美味しさにノックアウト。そしてそのお値段!! 和菓子屋さんでもあるので大洲名物「志ぐれ」をお土産に購入

ツアー2日目(2025.09.28 Sun.)

朝食を済ませ出発までの時間を利用して八幡浜港方面へお散歩。海に向かって右手には急斜面地に蜜柑畑。この風景、なんだか懐かしい。南イタリアのレモン畑を思い出した(京都への帰路でもっと“イタリア”を感じることになろうとは、このとき夢にも思わぬ私たちであった)。港には大きなフェリーがちょうど入港してきた。八幡浜からは別府と臼杵に渡れるようだ。地図を改めて見ると大分は近い。佐田岬の突端からなどは泳いでいかれそうに見える。調べてみたらその距離13キロ。この豊予海峡は、外洋と瀬戸内海をつなぐ海上交通の要衝、海峡の流れは早く「速吸瀬戸(はやすいのせと)」とも呼ばれているとのこと。ここを航行する船舶にとって大変な難所だったとか。泳げないね(苦笑)その佐田岬の三崎港から佐賀関港へのフェリー(70分)もあるようです。

どーや市場」がすでに開いていたので入ってみた。いやぁ、すごいすごい!! 水揚げされたばかりの新鮮な魚介が並んでいる。しかもそのお値段! お買い物ができないのが残念ですが、見ているだけでも幸せな気持ちになる。その「どーや市場」の隣には「八幡浜市水産物地方卸売市場」が。規模がすごい。それもそのはず、西日本有数を誇っているそうです。しかしこんな記述を発見。“八幡浜魚市場は、西日本有数の魚市場ですが、近年では、漁獲量の伸び悩みや、魚価の低迷など、大変厳しい状態にあります。そのため八幡浜市では、養殖漁業の振興、海洋環境の保全等を図るとともに、港湾利用と漁港利用の整理・調整を行っています。”(以上“”内、八幡浜漁業協同組合公式WEBサイトより転載)とのこと。一見さんにはわからない問題も多いようです。いつまでも美味しい魚介が食べられますように。

ホテルを9時出発向かうは宇和島の南楽園。園内散策と昼食。南楽園は昭和60年(1985)開園、総面積153,322平方メートルの池泉の周囲を歩いて鑑賞できる池泉回遊式日本庭園。周囲のゆるやかな山並みを借景に広々としています。菖蒲や梅の季節には賑わうのでしょうか。今日は私たち以外にお人も見かけず静かな庭園。朝方の雨で足元も少し悪く、そうそうに休憩モード(ビアタイム・笑)そこから少し早めのランチに突入。ツアーに組み込まれた本日のお昼は園内の「食彩 和日輔別邸 南楽園店」で“宇和島鯛めし御膳”。鯛めしと一口に言っても地域で様々あるようです。宇和島は卵黄を加えたタレを鯛に絡めてご飯の上にのせ、という栄養たっぷりなもの。美味しくいただきました。なぜアサヒばかりなのか、という疑問が氷解。納得はできないけれど(笑)

さて、午後からは「白隠フォーラム in 宇和島」、大いに学ばねば。+つづく+